Takashi Misaka

データ同化

 気象予測の高精度化に用いられているデータ同化を工学分野のシミュレーションに展開しています.物理モデルと観測データを用いて状態推定を行うデータ同化は,工夫次第で様々な適用先・利用方法がありますので,まだまだ可能性を秘めています!

製造技術のデータ同化

 現在所属している産業技術総合研究所では主に機械加工プロセスにおけるデータ同化の適用を模索していきます.近年のIoT化の流れやサイバーフィジカルシステム(CPS)の考え方は,データ同化と非常に密接に関わってくるはずです.

流体現象のデータ同化

 博士課程では主に航空機の運航安全を実現するための乱気流現象の数値シミュレーションに取り組みました.上空で発生する晴天乱気流の高解像度観測データは存在せず,実際に乱流に遭遇した航空機のフライトデータ(機体加速度,機体位置)がほぼ唯一の観測であったことから,フライトデータをもとに数値シミュレーションの初期条件を定める手法としてデータ同化を導入しました.某検索サイト(G○○gle)で計測データと数値シミュレーションに融合する方法を探していてデータ同化という言葉を知り,はじめは仙台管区気象台の図書室からデータ同化関連資料を取り寄せて勉強しました.その後,ライダー(レーザーレーダー)による後方乱気流(後述)計測へのデータ同化適用などを経て,データ同化の流体工学分野における応用を始めました.当時所属していた東北大学 流体科学研究所では早瀬敏幸教授によって制御理論(オブザーバ)による計測データと流体シミュレーションの融合が試みられており,統計的な考え方によって発展させたデータ同化の導入は受け入れられ,学生の研究テーマや企業共同研究へと繋がりました.上記の研究では主に流体シミュレーションモデルに基づくデータ同化を行いましたが,データ同化およびシミュレーションコードの開発や一部の計測実験にも取り組みました.

DAE 晴天乱気流    DAE 後方乱気流

いろいろなデータ同化

 企業との共同研究などを通して,データ同化を様々な工学問題(家電内部流,回転機械流れ,人の流れ等々)に適用してきました.工学シミュレーションにおいてまだ十分役に立つものにはなっていないと思いますが,計測データと数値シミュレーションを融合するという考え方の普及に一役買うことができていると思っています.

データ同化における計測感度

 観測手法が限られる気象予測分野のデータ同化とは異なり,工学データ同化ではデータ同化システムから積極的に計測位置・量などを改善していくのが有効と考えています.風洞実験やドローンを用いたフィールド実験で実証していきます.

DAE 最適計測の概念図

流れのシミュレーション(と時々実験)

 様々な対象の圧縮性・非圧縮性流体シミュレーション(数値流体力学, CFD)を行っています.大規模解析のためのコードは自作しています(小規模解析や共同研究では市販ソフトウェアも使います).上記のデータ同化と関連して,データ取得のための風洞実験も(少し)行います.

航空機の後方乱気流

 飛行する航空機はその後方に揚力に応じた強さの渦対(回転方向反対の二本の渦)を形成し,その渦対を含む乱れた流れは後方乱気流と呼ばれています.この後方乱気流は後続機の揺れや場合によっては事故に繋がる可能性があるため空港での離発着間隔や上空での飛行間隔が定められています.また,後方乱気流とジェット排気の相互作用により生じるクラスタ化した飛行機雲の大気放射収支への影響から地球温暖化問題に関連して興味が持たれています.発生した渦対は成層大気との相互作用や渦自身の不安定化メカニズムにより航空機通過後2,3分(航空機の数十キロメートル後方)で崩壊します.この研究では,航空機近傍の流れ場から渦対が崩壊する時刻までを,大気乱流や密度成層の効果を考慮して統一的にシミュレートする手法を開発し,巡航状態および離着陸時のフラップやスラットを展開した航空機に対して解析を行いました.博士後期課程で研究を始め,ドイツ航空宇宙センターで重点的に行った研究です.

CFD 飛行機雲の数値解析    CFD クラスタ化した飛行機雲

境界層遷移の予測モデル

 東北大学大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻 シミュレーション科学講座 空力設計学分野の中橋和博教授研究室で開発されたTohoku university Aerodyanmic Simulation(TAS)コードをベースに,複雑機体形状まわり流れにおいて境界層遷移の予測を行うことのできる簡易モデルを組み込みました.博士課程で東北大学 流体科学研究所 大林茂教授研究室に移籍直後に始めた研究で,その後複数の学生さんの修士研究にも繋がりました.初めて他者が作った本格的なコードを使いました(非構造格子ソルバーのコードは今も昔も複雑です).開発当時,境界層遷移モデルのすべての式が公開されておらず,実験データや数値実験をベースに(ほぼ手動で)不足していたモデル式やパラメータを決定しました.もしデータ同化を知っていたら,データ同化のよるパラメータ推定を行ったと思います.

はじめてのCFD

 旭川高専の卒業研究として,2次元の非圧縮性流れを解析しました.コードなどは全てゼロから用意しました.地面に回転円柱が置いてあるだけの簡単な形状でしたが,楕円型偏微分方程式による格子生成ではソース項を手動で微調整して,円柱と地面の隙間まで格子を生成しました.風上差分の絶対値をとる部分が一般座標系で書いたときに間違えていたのに気づくまで2,3週間かかりました(わかる人にはわかる内容).おそらく当時最速のパソコン(CPU:1GHz, メモリ:1GB)を指導教官の阿部晶先生に買って頂き,ひたすら計算を回していました.授業で習ったOpenGLを使って速度ベクトルや等圧線のリアルタイムスクリーン描画を行っていたので,計算が遅くなるのは今考えると(当時でもちょっと考えると)明らかです.今見ると結果もかなり怪しいです.

CFD 地面に接して回転する円柱周りの流れ(流線で可視化,流れは左から右へ)

誘電体バリア放電プラズマのシミュレーション

 プラズマテレビやオゾン殺菌を対象とした数値解析によるマイクロスケール誘電体バリア放電プラズマの研究を行いました.近年,誘電体バリア放電はプラズマアクチュエータとして流れ制御においても注目を集めています.流体モデル(連続体モデル)に基づく誘電体バリア放電のシミュレーションコードを開発しました.荷電粒子の密度・運動と電場がタイトカップリングしており,反応項により荷電粒子の数密度が2,3桁程度変化する解析でしたので,発散しないで計算できるようになるまで一年以上かかったと思います(今日こそは計算がうまくいくはず,,,ということを一年以上繰り返したわけです.現在もあまり状況は変わりませんが).指導教官の添削を受けつつ,英語査読論文も執筆しました.修士課程での研究でした.

プラズマディスプレイパネルセル

 プラズマディスプレイパネル(PDP)は発光セルと呼ばれる一辺数百μmの長さを持つセル中におけるプラズマ放電を利用して可視光を得ています.発光効率の向上および消費電力の低減には発光セル内の詳細なプラズマ流動を知る必要がありますが,その小ささ故に発光セル内プラズマの実験的な非定常流動解析は困難です.一方で,プラズマの数値解析は古くから行われてますが,PDPに用いられるプラズマはその独特の発生条件からこれまでの数値解析コードでは解析が困難です.すなわち,パッシェンの法則から決まる放電開始電圧は(気体圧力)×(サイズ)に対して最小値を持ち,一般にプラズマデバイスは放電開始電圧が最小になるように設計されますが,PDPの場合は大気圧下での使用が前提となり,プラズマのサイズが非常に小さくなります.数値解析の観点から言えば,大気圧近くの圧力ではプラズマ数値解析によく用いられ粒子法は適用できず,連続体として扱い,偏微分方程式の離散化による解法に頼る必要があります.
 このような理由から本研究では解析コードを新規に開発しました.発光セルの実形状を考慮し,駆動条件も含めて実験に即した条件で解析を行い,実験において得られるデバイス特性曲線および発光効率を数値解析によって評価しました.また,発光セルの各部寸法および駆動条件から発光効率および動作安定性に対して支配的な因子を抽出し,数値解析が得意とする非定常流れ場の可視化もセル形状設計の直感的指標となりました.某企業との共同研究でした.

PDP 安定動作曲線    CFD PDPセル内の活性種分布

オゾン殺菌

 オゾンプラズマの浄化作用は近年,環境問題が議論されるようになり注目されていますが,その応用先が家庭用空気清浄機のように小型化に進むと,マイクロスケールでプラズマの挙動を解析する必要が出てきます.常圧下,サイズが小さいという条件からPDPのマイクロプラズマ解析のために開発した解析コードが応用できると考え,オゾンの衝突断面積,反応レートを用いることにより適用しました.特に殺菌能力の指標としてオゾンの生成効率(OPE)を解析し,その値が印加電界に対して最大値を持つことを見出し,他者の実験との比較から解析の有効性を確認しました.

Ozone オゾン生成効率の実験値との比較